トップ・デザイナーの伝説的なサングラス

ブランド

Alain Mikli
アラン・ミクリ自身も眼鏡職人であり、彼と彼を囲むデザイナーは1978年よりファッション界が誇る刺激的な流行品を幾つも生み出してきました。そのサングラスの形は非常に派手で、「オートクチュール」ファッションに属する商品が多いです。パリのカンポ・フォルミオ通りにある本社は、フランスの有名な建築デザイナーPhilippe Starck(フィリップ・シュタルク)と日本の有名なファッション・デザイナーIssey Miyake(イッセイ・ミヤケ)との交流を磨いています。現在、アラン・ミクリは4つのコレクションを手掛けていて、それらの商品はサングラス業界の最高級品とされています。 
Alpina
アウグスブルク近郊出身のドイツの伝統ブランド、アルピナは、伝説的なモデルM1で有名になりました。この巨大なモデルは80年代に無数に販売され、既に当時、神格的地位を獲得しました。 それに伴って、アルピナM1は高価でした。 彫りこまれた碑文「西ドイツ製手造り」は通な人たちや愛好家にとって絶対に欠かせないものです。当店では、オリジナルアルピナM1を60/12と64/12の2種類の異なるサイズで取り揃えております。在庫がある限りです。 
Bugatti
ブガッティは世界中で、スピィーディーで高級なスポーツカーで有名です。しかし、フランス出身のこの伝統ブランドは豪華な車以上のものを提供しています。80年代にブガッティは、メガネ業界でも名を馳せ、今日まで品質と、取り違えようのないデザインの代表者です。伝説的なブガッティサングラスの特徴は寂しげな水滴型レンズです。当時、ブガッティのデザインに馴染めな人々もいました。しかし徐々にやはり、この独特な形の愛好家は数多く現れてきました。 当店のブガッティ部門には、いくつかの美しい悲しいオリジナルを取り揃えております。 
Carrera & Boeing
スポーツブランドであるカレラは、1953年にトラウン(オーストリア)に設立され、伝説的なメキシコのカーレース「カレラ・パン・アメリカーナ」にちなんで名づけられました。カレラはスポーツに適するサングラスを開発し、常に革新的デザインで人々を納得させてきました。80年代末にカレラはスポーツ企業として、特別な眼鏡シリーズを飛行機製造会社のボーイングと共同で販売し、まったく異なるコレクションを公開しました。「カレラデザインのボーイング・コレクション」は、非常に頑丈な素材、力強いデザイン、そして完璧な仕上げによって特徴付けられます。その値段も、永遠に持久するボーイング限定モデルだけあって、高かったのです。お客様も、スポーツをしても長く持久するサングラスをお探しでしたら、当店の一覧より「カレラ&ボーイング」をご覧下さい。 
Cartier
カルティエは説明するまでもないことでしょう。このブランドは贅沢さを体現し、途方もなく高価な飾りと値の張るアクセサリーを代表しています。著名なカルティエ愛好家は何処にでもいます。当店では、最も有名な80年代のカルティエモデル、サントス-ヴェンドームを「カルティエ」のカテゴリーにて全オリジナル付属品つきで取り揃えております。 
Cazal
カザールの名前の由来は、デザイナーの名前「カリ・ザローニ」です。彼は80年代に独自のスタイルを作り上げ、今では一級の品質と贅沢さを代表しています。 25年前、アメリカの公衆の場で、人気高いカザール商品を奪う目的で二人が殺害されたため、カザールはアメリカで芳しくない評判を受けました。 カザール607は人気の高いモデルの一つです。この607は80年代にアメリカン・ヒップホップ・シーンの必需品でした。例えばバンドのDMCは、数多くの登場機会や様々なレコードカバーでこのモデルを着用しました。 Jamel Shabazzの本『バック・イン・ザ・デイズ』には、当時のアメリカン・ヒップホップ・シーンの詳細が描かれていて、数え切れないほどのカザール607の挿絵が含まれています。 カリ・ザローニ本人もカザール163を着用していました。多くの著名人は、今でも好んで西ドイツ製のカザールを持っています。カザールの商品は今でも世界中で人気が高いため、多くのモデルが複製されています。しかし当然なことに、新版には「ドイツ製」しか書かれていません。「西ドイツ製」と彫られている品が珍しいわけは、1990年代以降「西ドイツ」はもう存在しないからです。「西ドイツ製」は、80年代のオリジナリティーを表しています。 多くのハリウッド映画やプロモーション・ビデオを見ていると、数多くカザール・サングラスを発見することができます。 幾つかの例を紹介いたします。 パメラ・アンダーソン  カザール955 ヴィクトリア・ベッカム  カザール856 MCハマー  カザール858(「Cant touch this」のクリップ) マイケル・ジャクソン  カザール623(「Bad」のクリップ) ブリタニ-・マーフィー  カザール858(「スパン」の映画) 当店では、これら全てのモデルを取り揃えております。 
Christian LaCroix
クリスチャン・ラクロワは、メガネ業界というよりもモード業界で有名です。当店がこのブランドを好んで取り扱う理由は、ロココ時代のデザインが異例だからです。この奇抜さと個性を、クリスチャン・ラクロワの言葉を借りて表現しますと、「私のファッションは、単なる背中にロゴを背負う気持ちで着用してはいけません。個々のライフスタイルの表現手段であり、本当の「自分」を見つける貢献であってほしいのです。」 
Colani
ルイージ・コラーニのデザインを最も良く描き出すのが「贅沢さ」でしょう。ベルリン生まれのベルリン子は、ほぼ全ての生活分野において名を馳せました。自動車デザインに家具デザイン、そして高性能飛行機のデザインまで、ルイージ・コラーニの名は至るところで見受けられます。彼のエンタメ電子機器のデザインも圧倒的なもので、彼によって起草されたキャノンのレフレックスカメラがニューヨーク現代アート美術館に受け入れられるほどでした。彼の芸術的なデザインは価格に反映しています。コラーニのオリジナル眼鏡フレーム一つをとっても、20年前には1000マルク以下では手に入らなかったのです。当店は、そのオリジナルをリーズナブルな値段で提供しています。 
Dior
70年代と80年代、ディオールはメガネ業界の最先端をはしるブランドでした。従ってこの時代に、ディオールは様々なモデルを生み出しました。贅沢なデザインと巨大な形のため、多くの有名人がディオール・サングラスを求めていました。現在でも、有名人は80年代のモデルを着用しています。最も良い例がパリス・ヒルトンです。 当サイトでは、70年代と80年代の最高のディオール・モデルより選り抜きの商品を取り扱っております。 
Dunhill
華麗さと機能性はアルフレッド・ダンヒルが手がける全てのアクセサリーの象徴です。彼は、贅沢さと日常性を非常に高貴なスタイルで結び付けました。現在に至るまで、この企業哲学は変わりませんでした。それでも、年代によってデザインに差があります。当店では、80年代のサングラスに集中して、お客様に提供しております。 
Ferrari
このブランドに関しては説明が不要のようですが、エンツォ・フェラーリの珍しい成功談はご存知ですか?既に20年代後半、彼はアルファ・ロメオのドライバーでありながら有望なフェラーリのレーシングチームを運営しました。戦後、エンツォ・フェラーリ自身もレースカーやスポーツカーを製造させ、販売されました。今では伝統的な馬のロゴも当時、既に使われていました。パーソル・サングラスの有名なシリーズを手がけたピニンファリナや他のデザイナーは、フェラーリの最高なデザインとスタイルを磨き上げました。社交界ではこの高級ブランドは必需品でした。徐々に、マラネロでは高級アクセサリー製造の帝国が築かれました。フェラーリのデザイナー・サングラスもその高級アクセサリーの一つでした。最も人気ある80年代と90年代のフェラーリ商品は当店Vintage-Sunglasses.jpで揃えておりますので、是非ご覧下さいませ。 
Jaguar
ジャガーはブガッティと同様、高級なスタイルと息詰まるような自動車を代表しています。ジャガーも時代とともに、高価な車体に相応しいアクセサリーを生み出しました。その成果が、今日では非常に入手困難な、取り違えようのない美を誇るサングラスです。vintage-sunglasses.jpは、お客様に古きよき時代の英国オリジナルを提供しています。 
Jean Paul Gaultier
ジャン=ポール・ゴルティエは80年代から全世界で、ファッション界の「恐るべき子供」 (="Enfant terrible") と誉れます。彼は14歳のころに学校教育を修了し、親元でファッション学を自学自習しました。ピエール・カルダンは若きゴルティエの実力を認め、ゴルティエをアシスタントとして雇いました。やがて1978年にゴルティエは未来のある会社Jean Paul Gaultier S.A.を設立しました。ゴルティエがデザインした多くのものは普段着やポップカルチャーにヒントを得ている一方、彼のオートクチュール作品は一直線で形式通りでありながら遊び心があります。男性用のスカートを流行らせたのも彼です。また、リュック・ベッソンの『フィフス・エレメント』など多くの映画の衣装もゴルティエが考案しました。アクセサリー類は、女性用のジュエリー、革製品、靴、そして珍しいサングラスが存在します。髪をブロンドに染めているこのデザイナーのやることは予知できません。彼の型にはまらない作品と一風変わったショーのおかげで彼は、フランスのデザイナー界における最高リーグに辿り着きました。息詰まるような彼のサングラスは、当時も自社コレクションに欠かせないアイテムでした。彼のビンテージ商品を見ていると、デザイナーとして成功の秘訣だった奇抜な形へのアプローチがよく判ります。彼のグラスは決して「着用できない商品」ではありません。確かに気ままではありますが、奇抜すぎるというわけではありません。まさしく彼のビンテージサングラスの特徴こそが、ジャン=ポール・ゴルティエらしさを語っています。 
Lacoste
ラコステは、80年代の控えめなデザインと慎ましさを代表しています。101モデルは伝統的です。値段と品質面においては高級ブランドを意識していましたが、商品が派手すぎないように気が配られました。ラコステは当時のサングラス愛好家全員の注目を浴びていました。残念ながらラコステは今日、ほとんどサングラスを製造していません。そのため、古いサングラスが以前以上にますます人気を博しています。当店では、101モデルの多彩なカラー・バリエーションを取り揃えております。少し値の張る特別版も取り揃えております。 
Metzler
メッツラーを語るには、ツァイスの名をあげなければいけません。二人は共同作業で、最高品質の眼鏡フレームとレンズを開発しました。その際、デザインを常に時代に合わせていました。当店の提供するメッツラーのサングラスは、80年代を代表するものばかりです。これ以上の「オールド・スクール」は、もはやないでしょう。 
Neostyle
ネオスタイルの成功談は1961年、シュトゥットガルト近郊(南ドイツ)で始まります。ネオスタイルは信じられない品質と機能性のお陰で、あっという間に世界中で有名になります。最も有名なネオスタイル・サングラスの愛好家は、エルビス・プレスリーです。彼がマディソン・スクウェアガーデンに姿を現した時、「ナウティック2」モデルを着用していので、ネオスタイルの評判を高めました。 当時と同様、今日もネオスタイルの眼鏡やサングラスは、多くの有名人の顔を飾っています。 有名なネオスタイル・ファンを紹介いたします。 レイ・チャールズ  ナウティック ピーター・ガブリエル  アカデミック デミ・ムーア  ジェット エルビス・プレスリー  ナウティック キム・ベーシンガー  ジェット デヴィッド・ボウイ  カレッジ R.ケリー  ナウティック&モーツァルト シルベスタ・スタローン  カレッジ エリザベス女王  ブティーク ドン・キング  ナウティック マドンナ  アカデミック パトリック・スウェィジー  ブテック オプラ・ウィンフレイ  ジェット モービー  ジェット エリザベス・テイラー  ディナスティー&ソサイエティー 有名なナウティック・シリーズと他の美しいネオスタイル・オリジナルは、当サイトで取り扱っております。 
Nina Ricci
世界的に有名なファッションブランド「ニナ・リッチ」という名前は、イタリア人女性のマリア・アデレード・ニエリのニックネームと、彼女の夫となったフランス人の宝石商人ルイ・リッチの苗字を組み合わせたものです。二人の間にできた子供ロバート・リッチが、女仕立屋として修業をつんだ母を、パリの中心部にある地区ルーヴルに独自のファッション店を開くようにと1932年に説得しました。彼女はラフィン社で20年以上もデザイナーとして経験を積んできたので、独自のファッションブランドのチーフ・デザイナーとなり、息子のロバートは社長として彼女を支えてくれました。

彼女が作った服は、20年代と30年代の風変わりなフランス国民の真面目なファッションを交代させるような新鮮なものでした。彼女が何よりも強調したのが、女性らしさと上品さです。芸術的な飾りの使い方であろうが色使いであろうが、彼女は常に自然、でも誰もが憧れるお洒落な服を作っていました。二ナ・リッチ本人は何よりも白を愛し、靴や装飾品や服など全身を白くまとった上、肌も白かったので「白の貴婦人」とも呼ばれました。

夢を持つ社長ロバート・リッチが40年代にとても力を入れて開始したものとは、「二ナ・リッチ・ハウス」の香水です。今日でもこの会社にとって香水部門は最も売り上げを収めています。

70年代と80年代にこのフランスの会社は、ニナ・リッチの本来の思考に基づいたサングラスのデザインにも携わりました。全体的にはっきりしていて、形や色が新鮮さに溢れていても、ややシンプルな出来上がりのもので、上品さには欠けない雰囲気にあふれる商品でした。当時のデザイン開発の担当者はゲラー・ピパーでした。

ニナ・リッチご本人は70歳をむかえた50年代に、会社を辞めました。
 
Paloma Picasso
パロマピカソは、80年代末から90年代初頭にかけて生まれたオプチル時代のブランドです。オプチルとは、決して老化しないかのように思われる素材のことです。20年間着用されているオプチル眼鏡でさえ、ほとんど使用の痕跡は見受けられず、少し磨いただけで再び新品のように見えます。多くのブランド名が、当時伝説的なオプチル製品に名を連ねました。ディオール、プレイボーイ、コブラ、そしてカレラは、そのほんの極一例です。 
Persol Ratti
パーソルは(ツァイス同様)、非常に高い品質のレンズで有名です。しかし、伝説的な眼鏡レンズのみが、パーソルのサングラスを名望豊かな存在にしたわけではありません。1938年の発明、メフレクト特許もこのイタリア企業の成功に莫大な貢献をしました。メフレクト・システムは、顔の解剖学的構造にぴったり適合するフレキシブル・テンプルの製造を可能にしました。 パーソルは、そのサングラスをラッティ製作所で作らさせ、世界中でブレイクしました。 短期間でスティーブ・マックウィーンのようなハリウッドの大物もパーソルのラッティ・モデルで自身を着飾しました。 スティーブ・マックウィーン(ブリット)は、パーソルの大ファンです。 彼は、パーソル・ラッティ折り畳みモデル714並びにパーソル・ラッティ649を高価な愛好家商品にしました。当店では、両モデルを(在庫がある限り)取り揃えております。 
Playboy
PLAYBOYは誰もが聞いたことのあるブランド名でしょう。しかし、バニーのブランドがサングラスや眼鏡までを造ったことを知っているのは、小数派でしょう。Dunhill、Dior、そして Carreraと同様、PLAYBOYも80年代と90年代に自社コレクションを有名な眼鏡デザイナーWilhelm Anger(ウィルヘルム・アンガー)氏のオプチル工場で製造させていました。その結果は、「PLAYBOYデザイン」の特徴ある男性用モデルと女性用モデルでした。ぜひ当店のPLAYBOYページをご覧いただき、Hugh Hefner(ヒュー・へフナー)氏のお勧め眼鏡をご自分の目でお確かめ下さい。 
Porsche
ポルシェのサングラスは、まさに80年代の象徴です。 5263モデル、5621モデルは、当時数百万個も販売され、その25年後でさえ、全くその価値を失っていません。 交換可能なレンズのシステムが幅広く注目され、人気を博したため、人々は約700マルクのポルシェ・サングラスを買うために長いこと節約したものです。 さらに、オノ・ヨーコ(ジョン・レノンの妻)によって、世界的に有名になった5620モデルが挙げられます。彼女はある記者会見で、その5620モデルを着用して現れ、大きなセンセーションを巻き起こしたのです。当店では、オリジナルの5620モデルも、5621、5622(折り畳みモデル)、そして5623も、在庫がある限り取り揃えております。 
Ray Ban
レ イバンの特徴は、他のブランドにはないパイロット(飛行士)型です。第二次世界大戦時に、アメリカ軍はボシュロム社に、パイロットをどの飛行状態でも太陽 光線から保護する日よけレンズを開発するよう依頼しました。その成果が、B&L(ボシュロム社)レンズ使用の伝説的なパイロット型です。 それ以来、あらゆるアメリカのヒーローがレイバンサングラスを所有しています。マーロン・ブランド、ジェームス・ディーン、トム・クルーズ、そ してウィル・スミスはその一例です。それに加えて、さらなるハリウッドの大物や様々な映画が、レイバンをますますポピュラーにしました。 その例です。 ブルース・ブラザーズの映画ポスターでは、ジョン・ベルーシとダン・エイクロイドが、レイバンのウェイファラーⅠを着用しています。黒のウェイファラーは、従って数百万個も販売されました。 別のレイバン・モデル(オリンピアンⅠデラックス)は、ピータ・フォンダが映画イージー・ライダーで着用しました。 さらに、様々な特別版が製造されました。続いてレイバンは、1992年に開催されたオリンピックのアメリカ代表チームの公式スポンサーでした。 当サイトのレイバン・カテゴリーでは、上記に挙げられた全てのモデルを取り揃えております。 
Robert La Roche
ウィーン出身のデザイナー、ロベルト ラ ロッシュは、初めてファッション界にサングラスをファッションアイテムとして導入した先駆者と言われています。リュネット・ロベルト ラ ロッシュ社は1973年に、自社初のメガネ・コレクションを発表しました。ウィーン本社の他に、ラ ロッシュはミュンヘンやニューヨークにショールームや支店を構えています。ガラス製造会社のHOYAとは8年間も提供して日本市場を開拓しました。
25年間かけて、ラ ロッシュは確実に自社商品のブランド名を国際的に広めました。同時期に彼は、カルバンクライン、エスカーダ、パルマーズ、エシロールなどの会社にデザイン・コンサルタントとして勤めました。彼の写真シリーズや広告キャンペーンは多数の国際的な賞を受けました。

ロベルト ラ ロッシュの作品が非常に魅力的なのは、デザインが個性的だからだけではなく、形が国際的に通用し、詳細部分までに気が行き渡っていて、選抜された材料がうまく調和されていて、珍しい色使い、特に数多い色使いが取り込まれているおかげです。商品の配色は幅広く、瑞々しいハバナや、数色の斜線が入っている黒や、青貝や大理石のような色や、パステル色やクリスタル色があります。

多くの映画スターがロベルト ラ ロッシュ商品の高い品質と特徴を愛するようになりました。今では「ビンテージ・ロベルト ラ ロッシュ」とも言われる商品を愛用しているのは主にメグ・ライアン (「恋人たちの予感」)、アーノルド・シュワルツェネッガー(「キンダガートン・コップ」)、アネット・ベニング(「バグジー」)、そしてメリル・ストリープ(「ハリウッドにくちづけ」)です。しかもメリル・ストリープはなんと、1990年に「サングラスが最も似合う賞」を受け取りました。

ロベルト ラ ロッシュは、1999年に本人のブランドを売却し、以降フリーランスのデザイナーとしてウィーンとパリで暮らしています(„Robert La Roche-design & doing“) 。
 
Silhouette
シルエットは他のモデルにはない、輝かしいメガネの時代、80年代の「オーストリア製」を代表しています。しかし既に70年代初頭に、シルエットはフトゥラ・シリーズによって忘れられない名声を博しました。フトゥラ・シリーズは、既に当時限定版で販売され、力強いカラーと巨大なフォームのため、日常使用というよりもむしろ、コレクターや愛好家を対象としています。このことから、フトゥラは、「世界中で最も美しい眼鏡のカタログ」に掲載されています。今では、オリジナルのフトゥラ・サングラス(特に未使用の状態)は、そもそも博物館や単科大学、あるいはwww.vintage-sunglasses.jpでのみ観賞と賛美することが可能です。 
Ted Lapidus
Ted Lapidus(テッド・ラピダス)のブランドは1951年、パリにて設立され、1963年には既にパリのオートクチュールを独占しました。Ted Lapidusは初めてユニフォーム(サファリ・ジャケット)をファッション界に導入した、上品さと派手さを融合させたデザイナーです。 ラピダスは、例えばブリジット・バルドー、ジョン・レノンやビートルズが最も好んだデザイナーでした。このブランドは70年代の社交界の必需品でした。当店のカテゴリー「Ted Lapidus」でこの目立つカラフルな70年代のオリジナル・サングラスをご覧下さいませ。 このデザイナーの品は、角が丸いフレームがトレードマークです。 
Terri Brogan
テリー・ブローガンは「オプチル」の伝統的なメンズ商品の代表者です。最高級なビンテージ・サングラスやビンテージ眼鏡の無理に飾らないデザインは、そのグラスをかけている人のおしゃれなセンスを強調します。 
Zeiss
「品質」と「伝統」が、このドイツの勝ち組企業を最もよく表現します。ツァイスのレンズは、ボシュロム社と同じく、世界最高級品です。既にツァイスのサングラスを着用した人は、それと比較できる品質の物が見つからないことでしょう。当店も極わずかにしか、この希少な品質商品をお客様のために発掘することができませんでした。当サイトのカテゴリー「ツァイス」では、そのわずかながらの品数を取り揃えております。 
Other Brands
他にも派手なサングラスのデザイナーは存在しますが、残念ながら当店でも手に入りにくい商品が多いです。過去に当店が揃えていたブランドは、アルファ・ロメオ、ブリジット・バルドー、デラパージ、エミリオ・プッチ、エッシェンバッハ、フェンディ、ジョンレノン・コレクション、リンダ・ファロー、MCMミュンヘン、煮ナ・リッチ、ピエール・カルダン、ロバート・ラロッシュ、ローデンシュトック、ヴァレンティーノ、ウィリ・ボーグナー、イヴ・サン・ローラン、等がありました。 この珍しいブランドのサングラスの世界を探検してみませんか。非常に稀な商品が多いので、すぐに売切れてしまう恐れがあります。